人生と音楽~第1回~

前々から、自分が影響を受けまくっている音楽について、一度整理をしようと思いつつ、文章を書くことに苦手意識がありすぎてなあなあにしていたんですが、今しかできそうにないからちょっとずつでも書いていきます。

 

第1回と銘打ったのは、まだまだ短い過去だけど、それでも触れ合ってきた音楽への思いがそれなりにあって、ひとつの記事にまとまりそうになかったからです。続くかは未定。がんばります。

 

まずは、私と音楽の出会い。

うちは、父が熱狂的な吉田拓郎フリークで、いつもギターを弾きながら歌ってるような人。そして母は音楽科の教員免許保有しており、生まれたときから家庭内に音楽があふれてた。

末っ子で、長女と年が離れていたことも強く影響しているような気もする。

そんなこんなで、自我が芽生えるころには、母がピアノを弾き、それに合わせて姉が歌う。休日や夏休みは、父と一緒に吉田拓郎を歌う。そんな幼少期。

 

第1期~生まれて初めてのライブ~

 

ぶっちゃけ記憶があいまいだけど、たぶん小学校1年か2年くらい。福岡のDRUM LOGOSが最初のライブのはず…。まだ小さい私と次女がいたため、二階席での観覧だった。

見に行ったのは、あの頃姉がドハマりしていたW-inds.

今聞いても橘さんドドド歌うめぇなって思うんですけど、小学生にとってもそのキャッチーなメロディーと歌のうまさは響いたみたいで、感動した。「キレイだ」とか今でも歌える。

そして、小学生にして接触イベ(お見送り握手会)を体験。

W-indsは、私にとって画面の中の人だったから、実在してることがとにかく怖くて(?)めっちゃ隠れてお手手にぎって逃げた。もったいねぇ。

 

そして、その数年後、さらにどやべぇライブをみる。

そう、三浦大知様。

よく覚えてないけど、たぶん1st出た後くらい?小4だったかなぁ。

最前にいたような記憶。とにかくかっこよくてキラキラしてた。

大知くんは母と姉一緒になってドハマりし、Folder時代の曲をいっつもラジカセで聞いてた。ABCはマイケルよりも大知くんだった。

この年齢で、大知くんのようなどやべぇ人のライブみれたのは、本当に母と長女に感謝。

(この後も、多くの趣味にこの二人の影響を受けまくるわけなんですけど。)

 

たぶんこの頃に、ボーカル値とダンス値の高いアーティストのライブ見れたってのも、今の自分にめちゃくちゃ影響してる。

 

とまぁ、ダンス系のPOPS*1と、父が大好きなフォークを洗脳のように聞いて育った私ですが、小学5年生のときに変革が起きます。

 

第2期~J-ROCK(所謂ロキノン系)との出会い~

 

出ましたロキノン系。小学校5年にしてロキノン系とかほざいてたわけです。いやな小学生。

たぶん同世代は誰もが通ってきたであろうこの道。いまさら説明不要かとも思うけど一応羅列しますね。

 

まず、BUMP OF CHICKEN

たぶん同世代なら皆一度は藤原基央さんのこと、神と崇めたんじゃないですか?

これまた、長女が高校の同級生からユグドラシルを借りてきて、私に聞かせたのが始まり。ユグドラシルほんと名盤。姉にダビングしてもらったCDを、姉から譲りうけたちゃっちいCDコンポでずっと聞いてた。BUMPのラジオ*2も、がんばってMDに録音して、何回も聞き返したなぁ。

そうして、小学校高学年になるとパソコンサイトが流行りだす。

うちは教育方針で小さい頃からタイピング練習等でパソコンを使ってたため、パソコンが比較的自由に使えた。だから友達とこっそりうちに集まってフラッシュサイトとか見てた。あの頃ってフラッシュ全盛期で、BUMPの楽曲のフラッシュがめちゃくちゃ流行ってて。Kやダンデライオンのフラッシュを見ることで、ちっちゃい脳みそでもちゃんと物語性を理解できたり。歌詞の世界に興味を持ち始めたのはたぶんBUMP(とあとちょっとフラッシュ)のおかげ。

 

そして、ELLEGARDEN

母がなにきっかけか、友人にRIJFの映像をもらったのがきっかけ(たぶんバンプがでてたのかな?)

完全に恋に落ちた。本気で言ってます。

たぶん一生あの映像の細美武士のことを忘れない。

ズボンにキャップつけてるのがすっっっっごいかっこよくて、まねするためにキャップ買ったりしてた。あと、ラグラン男子萌えをわずらった。

あの頃、細美さんが30半ば(見た映像はRIJFの06)。私は小6。その差20数歳。

にも関わらず、本気で結婚したいと思っていた。細美武士がUnder Control*3なんて曲書くもんだから…。

細美さんの何がよかったって、まぁまず顔なんですけど。プラスあの声、そんで英語で歌うの。無理っしょ。あこがれるじゃん。

エルレの歌詞を訳したくて、中学入る前から英語を必死に勉強した。

 

この大きな二大巨頭を中心に、この界隈を広げていき、RADWIMPSも死ぬほど聞いたし、私の中でめっちゃ一括りにしてるエルレアジカンテナーも、綺麗に通って言った。でも、小学生の私に経済力も物欲も特になく、CDは姉が借りてきたり買ってきたりしたものを横流しだったため、基本的には姉の好きなものがまんま私の好きなものとなっていた。

そして、小6で初のフェス参戦(SETSTOCK'07)を果たす(母同行)。

生で見た細美武士に死ぬほど興奮して、BUMPOFCHICKENは生きていたことに感動する。

SETSTOCKは大きいステージが横並びで、定位置で座っててもある程度見れるから、この日に演奏してたアーティストに綺麗にハマっていくことになる。(銀杏・ゴイステとかベボベフジファブリック等)我ながらチョロい。

 

同世代の胸を抉る話するなら、あの頃はやってた歌詞画*4、電波が通じない携帯をもらって、姉に赤外線で送ってもらって、よく眺めてた。

 

そんなこんなで、姉にきっちり教育され育っていった私は、中学にあがりラジオという武器もあり、どんどん深みにはまっていく。

 

そして、出会うべくして出会ってしまった9mm Parabellum Bullet

なんかもういろいろ衝撃。いままで聞いてきた音楽は、歌詞サイトで検索したらスクロールする程度にはあったのに、このバンド5行で終わる。下手したら3行*5。やばい。強すぎる。

しかもなんか毛がすごいし、PVみたらなんかすごい暴れまくってる。なんやこいつら。

秒でハマった。だって耳残りハンパないんですもの。

彼らのおかげでいろんなことに興味を持ち始める。たとえば機材。エフェクターひとつでこんなに音幅が広がるのか!とか。

姉が大学生になり、実家を離れ某大都会に移住してくれたおかげで、ライブハウスにもめちゃくちゃ行くようになる。うそみたいなキャパシティ*6で9mmみたのは忘れられない。9mmのライブはスポーツ。

そして、姉と離れた結果、一人でどんどんロックバンドを発掘していくことになる。

好きなバンドと仲のいいバンド、ラジオで流れてたバンド、SOLの閃光ライオット、ファン同士の交流から知ったバンド。中学ではネットにどっぷりだったこともあって、出会いの場がありすぎた。

 

そして、この頃に今後私の人生を大きく変えるコンテンツと出会う。

ニコニコ動画である。

 

 

 

 

 

*1:もちろんジャニーズも通ったし、娘。のカード必死に集めたりした。初めて買ったCDはBerryz工房

*2:SCHOOL OF LOCK。あの頃の中高生のロックバイブルラジオ。

*3:18歳年上の女性を好きになった男の話。年の差なんて関係ないぜみたいな。

*4:アー写の横とかにネオン文字で歌詞かいてるやつ

*5:Vortex-http://www.uta-net.com/song/178455/

*6:確か200人キャパ。教室の半分も行くか行かないかくらいのハコ。